大相撲解体新書
力士徹底分析
力士徹底分析
データや相撲内容などを資料に、力士ごとに分析する。
過去のパラメータ比較なども。
第2集.横綱 白 鵬
★変遷 <取り口> 一貫して右四つ、寄り投げを得意とする相撲。入幕当初、三役までは、長身を活かしたスケールの大きさを発揮。しかし、上突っ張りからの叩きなどあまり綺麗な相撲とも思えなかった。四つ相撲が安定して大関から横綱へ上がる頃には、左前褌を狙う相撲や、上突っ張りを起点に得意の右四つ左上手に持ち込む相撲が目立っていた。大横綱への道を歩む近年には、立合いで捕まえる右差し左上手の型を固めている。体もどっしりして、前哨戦としての上突っ張りや、前褌から出し投げで崩すなどの技巧に頼る必要もなくなった。最初から組み止めるだけの余裕が見える。 <基礎能力> 入幕直後の17年は万能ぶりと驚異的な柔らかさ、粘りが強調されていた。三役で左足を痛めて休場したり無呼吸症候群で精彩を欠いていた時期はややバランスやスタミナが下がった。しかし大関昇進の18年には重さがぐっと増し、寄り・投げの精度がさらに高まってきた。19年は綱取り見送り後の不振期に当たり能力ダウンが目立つものの、これは一時的なものだった。以降真価を続け、スキが見当たらなくなった。現在B以上がついていないものもあるが、欠点とは言えない。長い相撲にも弱点はないが、稽古量には疑問の声が上がっており、高い評価はしていない。速さはこの立派な体格にしてかなりのもの。突き押しもあまり繰り出さないので高い評価ではないが、本気でやれば威力は強そうだ。 <技> 当初は、劣勢の中でのはたき、いなしなどの巧さが目立っていたが、徐々に投げ技が際立つ。もろ差しや前褌取っての寄りもハイレベルだった。横綱になっても研究熱心で、細かい技も軽視することなく披露。巻き替えや上手の切り方は年々円熟味を増してスキがない。また、大一番で見せたとったり(豪栄道戦)、裾払い(日馬富士戦)、内掛け(把瑠都戦)なども印象的だ。離れては、上突っ張りや張り手、モロ手突きと顔を狙った攻めが多く得意とは言えないが、突き押しで持って行かれることはほとんどない。 必殺技はやはり左上手投げ。長身から投げるので、相手が豪快に裏返る。出し投げが目立った時期もあったが、今は胸を合わせることが多く、あまり見られない。 <立合い> 双葉山を目指すだけあって、立合いは真っ向勝負。しかし、後の先を取るという立合いではなく、ある程度合わせながらも自分のリズムで立つ。受けるというより鋭く踏み込む。一時期は「後の先」を目指したこともあったがしっくりとは来ず、はっきり決別した。今は主に右カチ上げ、左上手狙いが完成されているものの、試行錯誤は続いた。リーチを活かしたモロ手突き、出足を止める張り差し、変化などは若さに似合わず狡猾と不評。大関昇進の原動力となった低い立合いからの左前褌狙いは強力な武器となったが、体勢的にも無理があり次第に見せなくなった。再びモロ手や張り差しに活路を見出すなど、右四つ左上手を作るための立合いには苦心したが、地力が増すと一気に解決。踏み込みながら右を固めながら当たると、自然に左上手が届くようになった。 <スキル> 当初から「安定感」、「懐の深さ」「柔軟」「前捌きの良さ」は常に持っている。稀勢の里や安馬を苦手とした時期に目立った詰めの甘さは近年完全に克服。立合いの呼吸をずらす狡猾さもあったが、これは横綱として心技体を極めるうちに見せなくなった。自信の表れでもある。21年は三度決定戦に敗れ、本来の勝負強さが発揮されなかったが、決して大事な一番に弱いという力士ではない。 <合口> 入幕当初は千代大海、岩木山など出足のある力士や、若の里ら怪力で逆転突き落としのある力士に苦戦することがあったが、徐々に克服。壁だった朝青龍も、最後は本割7連勝と圧倒した。曲者日馬富士、安美錦も現在は磐石の四つ相撲で絡め取っている。やはり番狂わせを起こすのは、大横綱共通のキラーである活きの良い突き押し力士か。21年の翔天狼のような一発にやられることもあるようだが、今は上位に出足のある力士が少ない。 <締め込み>今やかなり記憶がぼやけてしまったが、関取となって赤系の締め込みでデビュー、十両2場所平幕2場所で一気に三役へ出世した。三役の頃は主に青緑色、朝青龍の対抗馬にのし上がり、新大関で初優勝。綱取りを目指し、貴乃花ばりのナス紺の締め込み。朝青龍独走時代を終わらせた。そして横綱としての足場を固め、現在の茶系に変更。相撲にも独自色が強くなった。地味な色だが、意外に例が少なく貫禄十分。22年5月場所は独走で、早くも13日目に横綱輪島と並ぶ14回目の優勝。すると、先輩横綱に敬意を表するように残り2日間は黄金の締め込みを踏襲、黄金時代到来を告げる横綱相撲で全勝優勝を果たした(輪島や水戸泉の黄金まわしはややくすんだ色合いだったが、白鵬や朝青龍が13日間だけ締めたものはかなり光沢のある黄色が強い金色だった)。そのまましばらくは締めるかと思いきや、7月は元の茶色に戻す。野球賭博などで大荒れの場所だけに、華美な色合いは避けたのか。元々1場所限定のつもりだったのかは不明。
朝青龍の項に倣って数少ない負け相撲を取り上げようと思ったが、現在継続中の大記録があるので後回しに。ここは快進撃の経過を辿り、毎日が世紀の番狂わせとなりうる緊張感を楽しみたい。 21年、年間86勝4敗。無敵を誇った白鵬は11月場所を全勝。1月は連勝記録を自身2度目の30まで伸ばすが、7日目把瑠都に初めて敗れる。これでリズムが狂ったか2大関にも不用意な攻めをかわされてこの場所は3敗。千秋楽優勝した朝青龍を下して一矢を報いたが、意外にもこれが最後の横綱対決となった。朝青龍は場所中の暴行事件で引退に追い込まれ、3月から一人横綱となったのである。モンゴルの先輩大横綱の引退に涙も見せた白鵬だが、一人横綱の自覚は十分だった。以降負け知らず。文字通り無敵の横綱となり、以降3場所を15日制では史上初の3連続全勝優勝を飾る。名古屋場所では、まず自己記録の33、そして朝青龍の35を抜いて平成1位に。さらに昭和以降3位・大鵬の45をも上回った。秋場所で狙うは15日制定着後最長・昭和2位の千代の富士の53である。
では、分析に入る。 @決まり手 寄り15 投げ21 押し・突き8 引き・叩き1 その他2<連勝中、47まで> 寄り:本格派の四ツ相撲だけに一番多そうな決まり手だが、白鵬の場合は意外に少ない。もちろん、前へ出ながら廻しを突きつけるようにした上手投げなど、寄り倒しに類似した決まり方も多いので一概には言えないが、横綱貴乃花などはもっと寄り切りの割合が多かった。 投げ:多くが「上手投げ」。組んで引きつけて起こして投げ、という四つ身の型で攻めているうち勝手に投げが決まっている感じ。ウルフスペシャルと謳われた千代の富士と比べても負けないほどの投げで決着の多さだ。琴欧洲や把瑠都などの巨漢も何のそので裏返す。上手を嫌われても差し手からの投げがある。 押し・突き:自分から突っ張り合いに持ち込むことは少ないが、たまに廻しにこだわらず一気に片付ける。突っ張り合いに持ち込まれて攻め勝った、または寄って詰めの時に廻しを離してとどめを刺した、などもあった。 引き・叩き:稀勢の里戦のわずか一番だけ。これは凄い。稀勢の里にも余裕を持っての叩き込み。45連勝中の大鵬は、円熟期らしくかなり引き技で捌くことが目立っていた。 その他:送り出しと切り返し。切り返しは寄る流れで、ヒザの踏み込みが深かったために相手が横に倒れたもので技巧的なものではない。 通算では、1位寄り切り、2位上手投げ、次いで押し出し、叩き込み、上手出し投げとなっている。差し手からの投げや、引き技がそれに続く。とったりは割と見るが、網打ち、内掛け、掛け投げなども披露する器用な面がある。内無双を試みたりする琴欧洲、把瑠都などもそうだが、外国勢の方が技の研究に熱心で珍手を繰り出している印象がある。吊りをもっと出しても良さそうだが、相手も重量級が多く、数は少ない。吊りが激減している現在ではそのテキストとなる力士も減り、綺麗な吊りを見ることができなくなった。白鵬のたまに見せる吊りも、基本通りというよりは、朝青龍系の吊り落とし気味が多い。入幕直後には追風海を持ち上げながら、土俵内に吊り落として着地され、力を抜いたところを逆転されるチョンボもあった。 横綱相撲、特に連勝をするには負けない相撲が求められる。そういう意味では、寄り切り・寄り倒しの比率は低く、「勝つ相撲」「魅せる相撲」の代表格である投げ技が多い。玄人好みの安定感だけでなく、誰が見てもわかる強さ、鮮やかさが光る。どうせ勝つだろうと思っていても、今日はどのように料理するのか楽しめる。
A対戦相手 対戦の多いのは、琴欧洲・日馬富士・把瑠都の大関陣、鶴竜・稀勢の里・琴奨菊・安美錦の三役常連力士。魁皇、琴光喜(7月解雇)、阿覧、旭天鵬、豊ノ島(7月謹慎)、栃煌山、栃ノ心などが続く。 大関陣は対戦成績が示す通り得意としている。日馬富士、魁皇、把瑠都(当時関脇)には初場所負けたばかり。琴欧洲には昨年34連勝を阻止されるなど、それぞれ見せ場を作られている。その点朝青龍は大関を完全にカモにしていたので、そこの違いはあるが、相撲を取らせた上で勝っている感もある。日馬富士には度々痛い目に遭っているが、最近は突き押しを捕まえて四つに持ち込めている。あとは体格差でねじ伏せる。魁皇とはケンカ四つで、なかなか右は差せないものの、足腰の衰えが隠せない大ベテランには左四つに合わせても余裕がある。左を差し合ってから揺さぶって先に上手を引き、寄り切る。琴欧洲、把瑠都には相四つ、懐の深さではむしろ相手有利だが、四つ身の安定感抜群でがっぷりなら攻め込ませない。機を見て寄り、投げが決まる。琴光喜には技能では五分でも、体力で上回った。 対三役は、かなり負けていない。新手の鶴竜や栃ノ心にはまだ負けなし。近年の対戦に絞れば琴奨菊、稀勢の里、安美錦にもずっと勝ちっぱなし。名古屋の稀勢の里には危なかったが、反射神経の良さで凌ぎ切った。 戸田や安芸ノ海のように、連勝を止めるのは得てしてノーマークの平幕力士であることが多い。それもあまり対戦経験の少ない若手。玉鷲、土佐豊、北太樹、白馬(小結)が連勝中に初顔合わせだったが、あっけなく退けられた。昨年のわずか4敗のうちに初顔の翔天狼(この場所2勝13敗、いまだ幕内定着できず)への金星供給があることから、定説は当てはまらないわけではないと思うが。この辺りが頑張らないと、秋場所で千代の富士の53は通過点のごとく通り過ぎられる。 (続く) |