大相撲解体新書

競技徹底解体

相撲という競技について徹底的に分析していこうという試み。

神秘的なスポーツを、色々なテーマで解体していきたいと思う。

第1回は、一番の取組を、「展開」に注目して切っていきたい。

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初日 フェイズ


4つのフェイズ

 立合いから勝負がつくまで、さまざまな動きが繰り出され、二度と全く同じ相撲は繰り返されない。決着までの時間も1秒に満たないこともあれば水入りを挟む数分の勝負もある。そんな多彩な展開をするこのスポーツを、敢えて一定の型に当てはめて、流れを区切って分類してみよう。フェイズ分け(期間)という自分なりのフィルターを作ることで、流動的な勝負の展開をシンプルに、体系的に分析しようという試みである。

第1フェイズ 立合い 文字通り立合いの瞬間。両者ともに自己主導で作戦を実行できるポイント。最初の一連の技を繰り出す間。
第2フェイズ 前哨戦 立合いの結果を受けて、自分の有利な型に持ち込むよう鍔競り合いが行われる。どちらが攻勢ともいえない状態。
第3フェイズ 攻防 前哨戦の結果、相撲の形、流れが定まり、ここから両者が勝負を決めに出る。どちらかが勝負を決定付ける技を出せる状態
第4フェイズ 詰め 攻防の中で決定的な瞬間になった後、その決着の部分。完全に一方が攻めている状態

フェイズ分類

 第1フェイズは立合いの技を出し合う一瞬の期間。最初の一連の技を仕掛けている間と言い換えることもできる。

 第2フェイズはいわゆる二の矢の攻めから一定の体勢を作るまでである。相撲の形の趨勢が決まるまでである。四つ相撲なら形が定まって一方または両者が決め技を仕掛けられる状態になるまで。押し相撲での決着は判断が難しいが、この場合は「どちらかが勝負を決定付ける技を出せる状態」になるまで、と解している。例えば激しく突っ張りあった中から一方がいなして泳がせ、その隙に一気に攻めに出た、という場合にはこの「いなし」までが第2フェイズとなる。

 第3フェイズは体勢が決まってから決定的な技を出すまでである。「決定的な技」というのは必ずしも最終的に勝負の決まり手にならなくても、また残されても構わない。とにかく第4フェイズ、「詰め」の段階に移行したといえるほど有効な技なら良い。典型的には寄って出て後は体を浴びせるだけとなったが打っ棄られた場合の「寄り」である。この場合は攻防は制して第4フェイズに移行したが、第4フェイズで詰めを誤ったということになる。勿論決定的と呼べるほどではなく残された場合は攻防の中の一展開として考える。留意しなければならないのは、第2フェイズへの回帰もありうるということである。一旦四つに組んで形が定まり攻防が行われたが、廻しを切りあったり差し手争いになったりした場合や、押し相撲なら一旦一方が攻めだしたが残されて、再びどちらが攻めているとも言いがたい押し合いになった場合などである。

 第4フェイズは、決定的な技が出て、一方が容易に勝負をつけることができる状態である。大抵は一瞬しかなく、第3フェイズでの技に残せずに決まってしまった場合には第4フェイズは省略されて決着がつく。引き技の後背中をあと一押しすれば土俵を飛び出す状態、押し込んで相手にはもう残す腰がない状態。相手に余裕があって残したならそれは第3フェイズの攻防の中にふくむが、ここでは攻めている側が詰めを誤らなければ勝てる完全に優位な体勢入っていることが必要である。勿論このフェイズでの逆転も少なからずありうるし、逃げ切れば第2、第3フェイズへの回帰となる。

 以上のように一連の流れを4つのフェイズに取り込む。前述の通りフェイズは何度も逆戻りすることが可能なのである。

 以下にこのフェイズ分けを利用した取組分析の一例を挙げる。

Ex1.平成17年秋場所千秋楽 優勝決定戦 ○朝青龍 押し出し 琴欧州●

 F(フェイズ)1 朝青龍は右手を出して琴欧州の出足を止めると、右差しを狙った腕をおっつけるように左へ回る。琴欧州はこれで泳いだ。

 F3 左でおっつけたまま朝青龍追撃。既に棒立ちの琴欧州は防戦一方。左、右と突っ張りを繰り出すと、琴欧州は耐え切れずあっさり土俵を割った。

ここではF2とF4がない。F1の朝青龍の立合い技が複雑でF2に入っているとも考えられたが、一方的な技が出ていることから一連の立合い技の中に含ませるのが妥当。F2に移行するまでもなく、F1の結果朝青龍が一方的に攻められる体勢に入っているので一気にF3に突入。突っ張りから決定的な押しが入り、すぐに琴欧州が土俵を割ったため、F4も存在しない。

Ex2.平成16年秋場所千秋楽 ●朝青龍 寄り切り 魁 皇○

 F1 朝青龍が素早く踏み込んで左差し、右前ミツを狙うが、魁皇遅れて立って左下手、右上手絶好の体勢を作る。

 F2 これで胸が合っては苦しいと朝青龍体を開いて下がり、やや半身になって右前褌を探る。魁皇は下手が浅くなったが取り直す。

 F3 数呼吸後、朝青龍が巻きかえを見せると、魁皇引きつけて寄り。朝青龍後退したが右からおっつけて残し、魁皇も無理はせず左下手を引きなおす。ここで朝青龍右前ミツに手がかかる。嫌った魁皇、左から返すが朝青龍は上手を離さない。しかしこれで魁皇の左差しは深くなり、がっぷり胸が合った。しかも朝青龍の上手は一枚まわしで伸びている。ふたたび魁皇腕返しての寄り。朝青龍こらえてのびるまわしを引きつけて寄り返すが、完全に腰が浮いた。それでも強引に寄ると、魁皇得意の右上手投げ。土俵際なんとか残した朝青龍、腰は低くなったがアゴが上がって上手が遠い。魁皇勝負を決めようと引き付けると朝青龍とんでもなく強引な外掛け、かからなかったが魁皇たじろいで腰が起きた上に、この相撲初めて命綱の右上手が切れた。すかさず朝青龍頭をつけて左下手の肘を張る。しかし落ち着いていた魁皇は、右からこの差し手を強烈におっつけるとたまらず朝青龍の体が起きた。

 F4 最後は右で喉の下あたりを押してついに寄り切った。

F1〜F4まで揃った。F3の攻防が長くなったが、それだけ攻防のある好勝負ということである。F3の中で少しづつ組み手が変化するが、立合い直後から終始左四つでの攻防であり、前哨戦はわずかな時間だけで、体勢にも大きな影響を及ぼさなかった。長い攻防の末、魁皇が上手投げを打つが、これもまだ決定的とは言えず、詰めの段階には入っていない。最後のおっつけが決定的な技で、勝負を決めた。最後の押しは止めとも言えるものだったのでF4の中の技である。

 

 以下フェイズごとの検討に入る。


 

第1フェイズ 立合い

 @注目ポイント 勝負の7,9割を決定付けるとも言われる立合い。両者が静止した状態から技を出せるほぼ唯一のタイミングである。したがって物理的にノンプレッシャーで動けるため、瞬間の判断で動かなければならない流れの中の技と違い、その勝負に向けて練りに練った作戦を実行できる。勿論相手も考えてくるため、読み合い探りあいの駆け引きが仕切り中から行われるのである。好角家の展望も立合いをどうするのか、にスポットが当てられる。

 A意義 決着を見据えての作戦を実行する。基本的には次の前哨戦へより優位な状況を作り出すための技を仕掛ける。ここで主導権をつかんでそのまま流れに乗って各フェイズを通過するのが正攻法であり、最も多い。これを避けて早くも次のフェイズに移行する作戦(変化など)も可能である。

 B戦術 頭、肩、胸、手の違いはあれど当たって前へ押し込む馬力勝負が基本。ここで前へ出たほうが主導権を握ったといっても良い。つまり当たりの強さがあるほど細工を弄しなくても地力で有利に立つことができるといえる。真っ向勝負で不利だと考える力士(不利でなくともぶつかり合いを回避したいと考える力士)は、それを補うための2つの選択肢がある。一つは相手の力を弱める、もう一つは相手の力を利用するという作戦である。前者は張り手やカチ上げであり、後者は変化技が代表的だ。これらは失敗すれば体勢悪くする可能性が高くリスキーであるが、成功すれば立合いの潜在的不利を解消するだけでなく、次のフェイズも同時に優位に突破して勝負がつくこともある。それについては以下に述べる。

 Cショートカット いきなり叩いてこれが決まるという場合がこれに当たる。あくまで第1フェイズの範疇の技であるが、結果として全てのフェイズを終了してしまうことになる。同じく叩いて相手が落ちなかった場合は、相手が著しく体勢を崩して軽くもう一叩きすれば決まる状態になったなら、これは第4フェイズに移行したといえる。同じく相手が落ちなかったが完全に向き直れないうちに攻められるような状態になれば、これは第3フェイズに移行したということになる。逆に失敗して自分がそのような体勢になってしまった場合もやはり第4、3フェイズへショートカットしたといえる。偶然の産物であり狙ってできるものではないが、張り手やカチ上げ、頭突きでKOというのもショートカットである。叩きに限らず、すぐに廻しを取りあったりして体勢が決まった時も第3フェイズへの移行といえる。

 

第2フェイズ 前哨戦

  @注目ポイント 差し手争いやおっつけ合い、横にまわったり、いい体勢になるための突っ張りなどが見られる。立合いで一歩押し込んでおくと、このフェイズで主導権を握ることができる。

  A意義  立合いの結果を受けて、有利な体勢、技をかけられる体勢に持っていくためのフェイズ。立合いの一連の技が終わったあとの二の矢の攻めの部分から、体勢がある程度固まるまで、または一方または双方が勝負を仕掛けられる状態になるまで。四つ相撲なら動きが止まったときなど。突っ張りなどは一方が勝負を決められる状態まではこのフェイズ。また、一旦第3,4フェイズへ入った後、仕留めそこなったり、体が離れたりして両者イーブンの体勢になっても、第2フェイズの開始となる。

 B戦術  立合いの結果、すでに組み合っていれば、差し手争いなど四つ相撲のなかでのせめぎ合いになる。少し距離があれば前捌きの争いになる。引き付けや巻き替え、しぼり、押し合いならいなしなど決め技ではない技がこのフェイズでの主役。

 Cショートカット 体勢を作るまでの争いの拍子に、パッと倒れてしまった場合などは全てのフェイズが終了。たぐって後ろについた場合などは第4フェイズへの移行。

 

第3フェイズ 攻防

 @注目ポイント  この部分が取組の中心であり、これを凌ぎあうのが醍醐味。

 A意義  立合いや前哨戦を経て、体勢が決まったり、決め技を出せる状態になってから、決定的な技が出るまで。余裕があって残された時は、第3フェイズ・攻防の範囲内。勝敗に直結する技がでる緊張感がある場面。

 B戦術  力士によって様々。四つなら投げや寄りなどの決まり手にあるような技。押し相撲なら決めようとする突き、押し、はたき

 Cショートカット  技がすんなり決まって勝負がつけば、第4フェイズを省略したことになる。これは往々にしてあるものである。技で勝負はつかなかったが、相手はどうしようもない状態で残っている時のみ第4フェイズとなる。

 

第4フェイズ 決着

 @注目ポイント  最後の詰めで、どれだけしっかりとしたフィニッシュを決めるかに注目。腰が下りていれば万全な詰めといえる。

 A意義  省略されやすいフェイズではあるが、勝ちをつかむかどうかの重要なところ。冷静に行けば間違いなく勝ちを決められるが、油断すると取り逃がしたり、逆転される可能性もある。

 B戦術  完全に腰が浮いて土俵際に詰まった相手に対しての一突き、肩透かしで泳いだ相手に止めのはたき、後ろについた後の送り出しなどがある。

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