大相撲解体新書

競技徹底分析

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五日目 立合各論T


一. 立合 ケーススタディ

(1)序論

 前項では、立合いについて総論として大まかに解説した。そこからどう話を展開するか悩むうちに2年以上経ってしまった。立合いの技について詳細に書こうとも思ったが、体系的な話は後に譲り、まずはケーススタディとして具体的な戦略例を見てもらいたい。

 取り口が典型的な力士を取り上げ、どの組み合わせならどういう策が有効になるのか、数例ずつ挙げて考えてみよう。

(2)ケーススタディ

 ●四ツ同士 相四ツ(左四つ対左四つ、右四つ対右四つ)

  @22年11月 徳瀬川-琴欧洲   長身の右四つ対決。どちらもスケールの大きな取り口。どちらかと言えば徳瀬川の方が右四つへのこだわりが強い。格上で身長も高い琴欧洲ということもあり、徳瀬川は珍しく低く左前ミツ狙い。琴欧洲はいつも通り腕を伸ばして左上手狙い。右はともにあっさり入ったが、徳瀬川がいい前廻しを取った。琴欧洲も長い手で上手を引き十分。これではやがて攻め切られると踏んだか、徳瀬川は左上手を離して思い切って巻き替え。これが巧くいって琴欧洲はワキが空いた両上手。強引に寄ったが、徳瀬川の巨体を持っていくことは出来ず、土俵際で抱きつくような掬い投げで簡単に逆転を許した。

 相四つらしく、あっさり右四つに組み合った。これは普通のことだ。そうなると、お互いに十分の体勢となる。お互い十分なら、実力のある方が高い確率で勝つ。この場合なら、圧倒的なキャリアの差で琴欧洲が四つ身の型で上回る。そして、がっぷり組み合うなら懐の深い方が有利。上手も先に取りやすいし、差し手も深くなる。これも琴欧洲有利。だから徳瀬川は、まともに汲むよりも少しでも有利なように上手を浅く取って頭をつけ、相手の上手を嫌いたかったのだろう。腰の位置は両者それほど変わらない。果たして、左の上手は浅い位置を取って立合い成功。しかし、大関琴欧洲の懐の深さは想像以上。ガバっと上手を引かれてしまった。徐々に引きつけられて胸が合うのは時間の問題、そこで巻き替えたことにより、焦った琴欧洲は外四つで引きつけの弱いまま出ていって自滅した。この時は腰の位置も徳瀬川がかなり低く、逆転は容易だった。

  A22年11月 琴奨菊-稀勢の里  どちらも左四つ。過去、やや琴奨菊に分がある。重心の低いところが決定的に有利だった。@のようにどちらも懐の深さを武器にしているわけではなく、前進力で勝負する。稀勢の里は突き押しでも勝負できる。どちらも左差し右おっつけのような形で立つ。左はスパッと入り、おっつけ合い。挟みつけるように絞り上げる琴奨菊が優勢。稀勢の里の右はワキが空いていて効きが弱い。がぶるようにして攻める琴奨菊が終始攻勢で、おっつけながら上手も引いて寄り切る快勝。第一に腰の位置の低さ、そしてガブって上手を近づけ相手の腰を浮かすという完成された四つ身の型。稀勢の里も左四つ寄りの威力は横綱の連勝を止めたことでも実証済みだが、反撃の暇を与えなかった琴奨菊が一枚上手。

 これも、両者得意の形に差し合い、そこから琴奨菊はガブリを、稀勢の里はおっつけて馬力で攻めようとした。やはり組合って止まると琴奨菊の低さ、寄りの型が上回る。稀勢の里としては、左をハズに右は突き放して動きの中で勝負をつけたかったが、琴奨菊の踏み込みもよく左差しをあっさり入れられた。琴奨菊の左差しは、重心の低さもあっておっつけが効きにくい。相四つの力士としては取りにくいようで、豊ノ島なども大苦戦している。

  B22年11月 高見盛-猛虎浪   右の相四つ。右を差し合って、どちらが左の浅い上手にかかるか、それは踏み込み次第。というのが定石。やや体格に勝る猛虎浪はそのような立合いだったが、高見盛は逆の左肩から当たって左差しを狙う。右も差そうとする。肩関節が柔らかく差し身の良い高見盛ならではの両差し狙い。左を差し勝った高見盛、右も跳ね上げるようにねじ込んで狙い通りのモロ。一気に寄って勝負をつけた。7-7同士の対戦、絶対必勝の型に賭けた高見盛が相四つながら反対も差しに行って大成功。右差しは厳しく防ぎに来ないから簡単に差せるという読みもあって、敢えて左で差し手争いを挑んだのだろう。

 ●四ツ同士 ケンカ四つ(左四つ対右四つ)

  @22年11月 白鵬-魁皇   白鵬右四つ、魁皇左四つ。11勝1敗同士の決戦。もちろん博多っ子の大声援は90%以上魁皇へ。白鵬は通常、右ひじを内に曲げてカチ上げ気味にぶつけ、出足を止めつつ右差し狙い。左は上手狙いか張り手を見せる。魁皇も左を固めて左肩から当たり、左をこじ入れる。右は抱え込むかおっつけ。両者ともに不動の立合いの型。ケンカ四つなので、肩と肩をぶつけ合うことになり、当たり勝てば差し勝ちやすくなる。過去、どちらかと言えば魁皇が差し勝っているが、これはこだわりの強さから。左四つに組んでも、結局は先に上手を取って白鵬が制している。さあ今場所はどう出るか。魁皇は簡単には上手を許すまいといつもより正対したまま、左カチ上げというより体当たり気味に当たる。だが、意表を突いたのは白鵬。いつもと逆の左の肩でカチ上げながら当たった。直接の差し手争いではなく、まずは魁皇の左を遠ざける策。自分も右差しを狙うには遠回りだが、魁皇も予想と反対からぶつかられたこともあったか、やや当たり負けしてした。白鵬は起こした勢いで突っ張りを見せた。慌てた魁皇が右半身になり、流れの中で得意の右四つに誘い込んだ。こうなっては白鵬のもの。魁皇も右下手を引いたが勝手が悪く、何もできずに寄り切られた。

 白鵬が左肩から当たったのはどういう意図か。魁皇の好調を見て、絶対に左四つを避けたかったからか。左四つに合わせても、足腰の安定感は圧倒的な差がある。じっくり構えればいずれ攻め勝てる自信はあっただろう。しかし、相手十分なら出てくる技も多い。何より怖いのは、魁皇の必殺右とったり。初場所で立合いからこれを食っている。不用意に左腕を出せば狙われる恐れがある。左がカチ上げなら、その腕を掴んでのとったりはまずできない。一番これを警戒しなければならない。その上で、一旦突き放して主導権を握る。そういう作戦ではなかっただろうか。ケンカ四つを制するため、一度意外な攻めで先手を取り、自分十分に組み止める。どうすれば相手の形を避けつつ主導権を握るか、様々な戦術が考えられる。醍醐味の一つ。

  A22年9月 栃乃洋-霜鳳  典型的な左四つと右四つの対戦。栃乃洋は左下手、霜鳳は左上手十分。ともに頭から当たることは少ない。やはり、それぞれ脇を固めて左肩と右肩のぶつかり合いになるのが普通。ところが栃乃洋は左に動いて左上手を取りに行った。霜鳥は左差しを警戒して右肩を絞って立ったので、簡単に上手は取れる。横に回った勢いでそのまま連続して左上手投げで崩し、寄り切り。

 差し手争いを避け、形にこだわらずに速攻に出た作戦勝ち。比較的相手の技が読みやすいからこそ決まる策でもある。直接の差し手争いを避けるという点では@と同じだが、相手得意の四ツになりながら、有利な形を取って先制攻撃するという作戦だ。もし最初の投げ、寄りで決められなければ、霜鳳十分の右四つでの攻防を余儀なくされる。そうなれば先に上手を取っているとはいえ、不十分では攻め手が少ない。下手からの芸の少ない霜鳳とは言え、起こしたり掬ったりしながら半身から徐々に胸を合わせ、左上手に辿りついて形成逆転となった可能性が高い。速く勝負を付けることが前提の作戦だ。かつて、大の苦手朝青龍に対して琴光喜が何度か試みたのが、右前ミツ狙い。左差し狙いで立つ左四つの横綱に対して、右四つ琴光喜が敢えて右前ミツを取る作戦。前褌で頭を付けることで逆四ツながら有利になった。しかし、逆転の掬い投げで転がされたり、それを警戒してそこから攻められずに優勢を生かせず、という展開が続いた。

 ●四ツ同士 その他(なまくら四ツなど)

  @22年11月 旭天鵬-徳瀬川  はっきりどちらの四ツが得意というのがあれば考え易いが、どちらでもそれなりに取る力士もいる。「なまくら四ツ」というと否定的に聞こえるが、ともかく両刀遣いという意味で用いる。旭天鵬は右四つの方が強いと思うが、どちらでも上手を取れば懐の深さが活きるタイプで左四つの頻度も高い。こういう力士は、相手を選んで対応する。ガチガチの右四つ相手なら左四つに組んで相手不十分にするのが得策。だが、この一番では右四つの徳瀬川に合わせて右差し左上手を狙った。前日相四つの琴欧洲から初の銀星を獲得して気を良くしている徳瀬川。自分の型に自信を持っていつもの右差し左前褌狙い。いい角度で当たる。旭天鵬は胸を出して上からガッと左上手。上手の位置は徳瀬川の方が良かったが、この人の懐は身長以上に深い。大きな徳瀬川をくるりと体を入れ替えて下した。体力に自信があり、がっぷりに誘い込めば勝てると踏めば、敢えて相手十分の形に合わせるのも有効だ。相手がわざわざ苦手な四つに組みに来ることもないから読みやすい。今回なら、徳瀬川は突き押しで離れて勝負をつけるのが良かったのではと思うが、作戦に走らず自分の相撲でモンゴルの大先輩に挑んで点は評価できる。今後に期待。

 ●四ツ対突押

  @22年11月 豪栄道-玉鷲   豪栄道は四つ得意。玉鷲は突き押し。共に組んでも離れても取るが、本領は異なる。豪栄道は根は右四つながらどちらでも前褌を取ると力が出る。普通は四つ相撲が組み止めようとして差しに行くのを、押し相撲がその差し手をおっつけて、反対でハズやのどわで押し上げて突き放そうとする。豪栄道は左ハズ右差しの立ち合い。玉鷲は頭で当たりながらモロ手突きで突き放しにかかった。豪栄道は中に入れず、すぐに叩きを見せ、そのまま離れての勝負となる。両者押しては叩く展開で、最後は玉鷲の叩きに乗じて豪栄道が間合いを詰めて押し出した。玉鷲はワキが空くのも構わず頭でぶつかる勢いで両手で突き放す。これは相手に限らず。豪栄道は四つ得意とは言え、差す相撲ではなく、褌を取って反対でハズ押しか両前ミツを狙う。差して来るとは限らないので、玉鷲としてもおっつける差し手があるとは限らない。前ミツ狙いなら肩口を突いて突き放せばいいから、思い切って両手で突くのに何も障害はない。豪栄道はハズで跳ね上げて二本入れば良かったが、リーチもある相手にそれは難しい。次善の策として、一気の出足だけは止めて、離れて取ることも覚悟していたように見える。引いて出足をかわし、細かい動きの中なら離れても素早い自分に勝機あり。立合いはどっちつかずでもいけないが、取り口の違う相手に対しては自分の思い通りの形になれるとは限らない。特に押し相撲に対してはある程度踏み込んで出足負けしないようにしないと、組めなかった時に持って行かれる。豪栄道も左ハズで当たりながら片方で差して捕まえようとしたのも、最初から差しに行くと突き押しの格好の的となり、出足をまともに受ける危険があったからと思う。もちろん、元々差す相撲でないこと、押し相撲も自信があることも理由だろう。

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