大相撲解体新書

競技徹底分析

今度は距離という基準で競技・力士を解体したいと思う。

これも力士データで毎年採用している分析なのでご参照いただきたい。

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三日目 間合


一. 間合とは

間合とは、自分と相手との距離のことである。

それぞれどの力士にも得意とする間合いがあり、その距離感でこそ自分の得意な技が出せて、流れのある取り口が実践される。

ここでは、間合を5段階に分類している。(20年のデータから、略称を用いている)

  定義 主な技 身体的必要条件 主な現役力士
間合0 組み合って、しっかり胸を合わせて密着した状態 がぶり寄り、吊り、外掛け 懐の深さ、腰の重さ、スタミナ 琴欧州、普天王
間合1 組み合ってはいるが、胸は合っていない状態 前褌寄り、投げ、腕返し 引き付けの強さ、器用さ 朝青龍、白鵬
間合2 離れてもいないが、捕まえきってもいない状態 おっつけ、ハズ押し、たぐり、いなし 重心の低さ、押しの強さ 栃東、片山
間合3 体が離れているが、両方とも手は届く状態 突っ張り、のどわ、叩き 突き押しの強さ、速さ 千代大海
間合4 完全に体が離れて、ようやく腕が届く状態 突っ張り、モロ手突き、引き落とし リーチの長さ、突きの強さ 雅山、(闘牙)

当然複数の間合を得意とする力士もいるだろう。

長身なら、密着すれば懐の深さが生きるし、大きく離れれば長いリーチで一方的に攻められる。

体の小さな技能派は、懐に入れば技の幅が広がるが、深く差しすぎて密着すると動きの良さを発揮できない。

基本的にはそういう傾向があるが、突っ張れない長身力士やガップリが好きな小兵もいる。

間合の得意不得意が、力士の個性を図る物差しになるのである。


 

二.  間合0(密着した間合)

@定義 

 最も両者の体が密着している状態。四つ相撲の中でも、いわゆるがっぷり四つに組んだ状態が典型的である。この間合だと、廻しは上手・下手とも届くが、廻しを取られるのは覚悟しなければならない。裏をかえせば廻しを取り合ったからこそ、この間合になるともいえる。また、モロ差しを閂に決めている体勢も廻しは取っていないが、この間合といえる。

A有効な技 

 完全に胸を合わせているので、廻しは取っていても投げは決まりにくい。したがって体が大きい方が有利な、力相撲となる。考えられる技といえば、引き付けての寄り。バランスを崩しておいてから、という攻め方はあまりできないので、動き・バランスは弱いが腰の重い力士は、防御力が極めて高くなる。懐の深い大型力士が、引っ張り込んででも組みとめてしまいたいのは相手の技を使えなくして懐の深さで有利に立てるからである。攻める場合には、相手の腰を浮かせることが重要で、そのためには引き付けの強さが勝負の鍵を握る。腰を浮かせきれずに上体だけの引き付けで寄っていくと、土俵際の打っ棄りを食らう。また、吊りも有効である。最近激減したこの技は、通常両廻しを取って初めて可能になる。引き付けの延長ともいえる技で、相手の腰を浮かせ、自分の腹の曲線に乗せて持ち上げる。打っ棄られるリスクもないが、吊りには外掛けという返し技ある。相手が引き付けようと重心を後ろに引いた瞬間を狙う瞬間を狙う常套手段だ。引きつけ・吊りは、腕力だけでなく足・腰・背筋と全身を使わなければならず、いわゆる「相撲力」が強いほど効果がある。細身の力士ががっぷりでも活躍するのは、この力が見た目以上に強い場合だろう。

B展開、ポイント 

 間合0の状態では、スピードや技でごまかすことができないので、相撲力の優劣がはっきりと出る、地力比べが見られる。体力の消耗も激しく、先に攻めた方が自ら腰を浮かせて不利になる可能性もあるため、長い相撲になることも多い。スピード感、技の切れが見られないという理由であまりこの体勢の相撲を好まない人もいる。確かに若乃花ー栃錦の全勝決戦は左四つがっぷりで動きがなく、激しい相撲を期待したファンには物足りなかったことだろう。しかし、今では少なくなった、両者が腰を沈めあっての吊り合いは見ごたえがある。大関を争った輪島ー貴ノ花の水入り相撲は、がっぷり四つの真髄を感じさせてくれる名勝負として今後語り草になるだろう。

C他の間合への移行 

 状況を打開するには、まず廻しを切ること。腰を振って切るほかに、巻き替えを見せたり、強引に投げたり、吊りから二枚蹴りで揺さぶった隙に空間を作って密着状態を振りほどけば、他の間合に持ち込むこともできる。

D代表的な力士

 歴代の大型横綱は、飛びぬけた地力を安定して発揮できるこの間合を得意とすることが多い。ハワイ出身の大型力士も、重量が増して動きの落ちた後年は、突き押しから両まわしを引き付ける安全策を取るようになり、安定した。現在では琴欧州がこの間合では最強ではないだろうか。


 

三.  間合1(接近戦)

@定義

 組み合ってはいるが、相手と密着はしていない状態。廻しを取って胸を合わせない形を想定している。1)浅い上手を取って一方は差し、相手の上手を遠ざけているような体勢や、2)相手の廻しを嫌い差しあっている体勢、3)下手だけ取って半身になっている体勢、4)また前褌を引いて食い下がっている体勢など様々な形がこの間合には存在する。もちろん廻しを引いていることが必要条件というわけではなく、片方を差し込んでいたり、相手の懐に入り込んでのモロハズ押しなどもこの間合の範疇といえる。次の間合2との中間的な間合もよくあって判別は難しい。

A有効な技

 まわしを取っている上に、動くスペースがあるので、前へ後へ左右へと攻められ、技のバリエーションは最も多い。1)上手十分 先に上手を取った場合は、相手に廻しを与えず上手を引き付けて腕を返しての寄り。その際切り返し気味に膝を送って退路を封じるのも有効である。そして残すところ相手の差し手を殺すような上手投げ。差し手から腕を返すだけでなく掬い投げで決めることもできる。2)差し身 お互いに上手が取れず片方を差し合った場合は、差し手をおっつけてから上手を取るのが定石。下手を取ろうとすると、上手を取られやすくなるのでおっつけられても我慢しなければならない。懐の深い力士は、こういった場面で上手を取りやすく、多少肩越しでも胸を合わせる体勢に持ち込める。3)半身 先に上手を取られたりした場合は、胸が合うのを嫌って半身になって粘る形になる。半身になるとさらに上手は遠くなり、攻めにくくなるが、斜めに構えている分相手も引き付けにくく、守りの形として有効。下手投げなど差し手からの逆転技も仕掛けやすい。下手投げが消極的な技だといわれるのはこのためである。普通はやや不利な体勢だが、半身を得意とする力士もいて、大抵は腰の重さがさらに生きて、下手からの技を武器にしている。4)食い下がり 前褌を取って食い下がった場合は、頭をつけて前褌を引き付け、どちらかというと守備的な体勢だが、反対からはハズで押したり、時には両前褌を取って拝み寄るなど前への攻めも効果的だ。体を開いて出し投げで崩すのは、相撲の中でも見ごたえのある美しい技である。出したあとの流れるような連続技もバリエーションがある。隙を見ての足技、無双などの技能的な相撲も見ることができる。足腰が強くないと、上から潰されるというリスクがある。さらに低く入り、もぐりこんで相手の脇から頭を出す、変則的な形もある。

B展開、ポイント

 スピード、技が発揮される間合である。動きのある展開にもなるので、翻弄されない足腰の良さも必要だ。胸を合わせたくないタイプにとっては、食いついたり、浅い廻しを取るために立合いの低い当たりが必要になる。体の小さい力士ほど頭で当たれと言われるのは当然である。同じ間合でもバリエーションがあるため、廻しを切りにいったり、巻きかえたりと体勢を挽回する技、それに対する対応(その隙を突いて勝負のい出るか、応じて反対側を巻きかえるか)も見所である。離れて取りたいタイプには、この間合はギリギリまで接近しているので、廻しを取られるかどうかの正念場である。一方で、圧力をかけやすいのでおっつけたりハズで押したりして一気に勝負をつけるチャンスでもある。

C他の間合への移行

 がっぷりになったり、離れたりと他の間合に移行が見られる体勢である。ただ、それを防ぐ手も多様で、特に廻しをめぐる応酬(切ったり切られたり、浅く取り直したり)はめまぐるしく、簡単には両者とも十分優位な間合、組み手に持ち込もうとする一方、勿論この間合に特有な攻めも見られるため、目の離せない展開になる。

D代表的な力士

 1)本格的な四つ相撲の力士なら、誰もが先に上手を取るのは得意なはず。円熟期の千代の富士はこの体勢からウルフスペシャルを披露した。千代の富士といえば前褌速攻の 型も有名だが、これは1)と4)の中間的な形と解している。

 2)差し身の力士がこの形になりやすいが、最近では武蔵丸が右差し、左で抱える形で捕まえ、腕を返しての寄りが迫力十分だった。

 3)半身になっての相撲では、現役の栃乃洋が有名。左を差して右腰を引き、腰の重さを発揮。出てくるところ下手投げは強烈。

 4)現役では安美錦が食い下がり相撲の重鎮。上背もあるので相手は廻しが遠く、下手出し投げや足技の切れもある土俵際の魔術師。もぐる力士では舞の海、若い頃の時津海 がいる。


四. 間合2(近い間合)

@定義

 近い距離にはあるが、組み合っていない状態。いわゆる押し合いになっている状態。浅く差し手が入っての押しも範疇である。廻しは取らずにいるので左右、後ろへの動きが可能だが、断続的に力は伝わっているので自由には動けない。互いに頭をつけあう頭四つもこの間合である。

A有効な技

 まわしは取っていないので、押し・引き・手繰り・浅い差し手からの技に限られる。中心となるのはおっつけ、ハズ押しと前へ押す技。突っ張るには距離が近すぎて回転できない。捕まえたい力士はとにかく差そうとしたり前褌を狙って下から腕を伸ばすが、離れたい力士はこの腕を的におっつけて出る。または引いて後ろに下がって距離を取ったり、突き落とすようにいなす横の動きに活路を見出すこともできる。相手の腕が体より前へ出てくるので、これを手繰り横に回る策もある。浅く差している場合は相手との距離を近く保てるので、一気に出るのも有効。またはこの差し手を支点に肩透かしを引くこともできる。上体での争いが中心となるため、お留守になった足元へ蹴返しの奇襲も考えられる。

B展開、ポイント 

 押しの技能が発揮される間合。この間合を得意とする押し相撲の力士は、捕まらぬよう離れすぎて突き押しを食わぬようこの間合を保っておきたい。おっつけ、ハズ押しは上体の力だけでは威力は発揮できない技。この基本的な技をいかに基本どおりに繰り出しているかがそのまま強さに反映されるため、地味ではあるが、相撲本来の技能の勝負が見られて玄人好みの相撲になる。しかし、廻しを取っていない分、足を滑らせたり、手が滑ったりと思わぬ自滅の形になる可能性もあり、得意の形になっても全く油断できない。重心の低い力士ほど下から押し上げる形になって有利。低さに焦れた相手の引き技を誘発し、そこを付け入って出るのも定石だ。長身力士は頭が下がって苦しいが、最近のレスリング出身欧州勢は長身ながら意外とこの低い形を苦にしない。頭四つでは、引き技には格好の間合だが、相手も心得ているので、引き技のタイミングを警戒しつつ我慢して前へ出なければならない。突き押し力士が疲れると、なんとか廻しを与えず息を整えるため頭四つになることがある。

C他の間合への移行

 微妙な距離感の不安定な間合なので、他の間合へは移行しやすい。捕まえたい力士は強引にこじ入れたり、引っ張り込みたいが、無理なことをすれば腰が伸びて押し相撲の力士の格好の的となるため、我慢して正面から応じて前へ出ながら組みとめるか、押しをかわして廻しを狙うかしなければならない。もっと離れて取りたい力士は、のど輪などで距離をあけた隙に突き放すか、左右・後ろに動いて距離を取りたい。これも安易だと、脇が空いたり出足を呼び込んだりして危険なため、他の間合へは持ちこむには慎重さが求められる。それぞれの思惑が交差しするが、力士ごとに割と目的ははっきりしてわかりやすい展開になる。

D代表的な力士

 現役では栃東、近いところでは若乃花もこの間合でのおっつけが見事だった。栃木山、栃錦、栃ノ海といった春日野の3代もこの名人芸を披露し、近代スピード相撲を開花させた。これらの力士は、いずれも体には恵まれていないが、重心の低さを生かした押し、さらに廻しを取っての芸も優れた技能力士。安芸乃島も腕力に優れ、近距離での押しで四つ相撲、突き押し相撲、いずれの上位陣も苦しめた。他のタイプでは、元大関出島など、押しながら浅く差しての速攻を得意とする馬力型の力士もこの間合を得意とする。最近では北勝海がこの間合を中心とした相撲で横綱に昇った、

 


五. 間合3(離れた間合)

@定義

 完全に両者の体が離れ、手を通してしか圧力をかけられない距離。腕と腕、腕と体のせめぎ合いとなり、直接体を押したりはできない。突っ張り合いが中心となるが、それほど遠い距離は取っていないので、その後近い間合に持ち込むことを前提とした攻めも効果的である。手と手を組み合って互いに動きを封じあう手四つもこの間合といえる。

A有効な技

 相手の体に届く技に限られる。勿論突きが中心であるから、肘を目一杯伸ばしたのど輪や、突っ張りが主。顔よりアゴ、アゴより胸、胸より腹をと、できるだけ低い位置を攻めたい。そのためにはまず上ツッパリぎみに顔を起こし、相手の腰を浮かせたい。突きが得意でない力士は、相手の突き手をおっつけたり、跳ね上げたり手繰ったりと腕を攻める。いなし、引き落としも狙える。頭を下げてもう一度ぶちかますくらい頭がかりに構えると、落ちやすくはなるが突っ張りには下がらない。

B展開、ポイント

 突っ張り合いは相撲の華。時には流血も見られるほど、激しい応酬となる。天覧相撲の華・麒麟児ー富士桜戦は語り草。両者が突っ張るとなかなか体に当たらない。したがって一番近い顔に突きを入れざるを得ないし、張り手でひるんだ隙を狙うしかなくなるからだ。頭を下げて跳ね上げてくる相手にも突っ張りは効果がないので、張り手交じりの顔を狙った上突っ張りとなり、消耗戦になる。よほどの威力がなければ突っ張りだけでは持っていけない。前だけでなく、横へのいなし、叩きも見せておくと、相手もむやみに重心を前に置いて守ることができず、撹乱することができる。突っ張りの効果も高くなる。重心の配分というのは本当に難しいもので、体調不十分・稽古不足の力士は、引き技にあっさり落ちやすい。精神面の影響も大きいようで、連敗続きの力士が勝手に引き技に疑心暗鬼になってしまうことも多い。逆に心身充実の力士はめったに前後の撹乱には動じない。突っ張りだけで決めようとせず、有利な形に組み止めるために突っ張る力士の場合は、どこで距離を詰めるのかが見所である。

C他の間合への移行

 突きで起こして間合を詰め、優位な状態で間合2に持ち込んで止めを差すのが突き押し相撲の定石。四つ相撲なら、跳ね上げたりいなしたりして何とか突きをかわし、懐に飛び込んで、間合1に持ち込みたい。

D代表的な力士

 現役では突っ張り大関千代大海。細かい突っ張りを繰り出して前へ出る隙を与えず、アゴを起こしての引き叩きはタイミング絶妙。あっさり胸を出す相手には往年の大きな突っ張りを見舞って電車道に圧倒する。土俵際間合を詰めておっつけ、のどわ、寄りに持ち込むパターンも。先々代九重の千代の山も一突き半の突き押しを得意とした。近いところでは貴闘力もこの間合を得意とした。前哨戦としてこの間合で攻める力士としては、横綱朝青龍や、大関白鵬、時天空、普天王など。体の柔かい旭富士、貴乃花も突っ張りで流れを作ることがあった。懐の深さを生かして速攻を狙う相手を捌くのにもこの間合は適しているようだ。


六. 間合4(遠い間合)

@定義

 距離が大きく離れ、一方の側の突きしか体に当たらない距離。間合3との差はさほどないが、よりリーチを生かして攻める力士の間合を想定している。リーチが特別長くなくても、前掛りの体勢での突き押しを繰り出せば、この間合でも攻められる。

A有効な技

 大きく離れているので、相手の頭部や胸の上部しか攻められない。または突いてくる腕を攻めるしかない。中心はモロ手突きや上突っ張り。頭を下げて間合を詰めて来るところを引くのも有効。守る側としては、突っ張り返しては届かないので、跳ね上げ、いなし、引き落としといった技に限られる。

B展開・ポイント

 突っ張りあいというより、突いている側と防ぐ側に分かれる。突いている方は、一方的に攻められるこの間合を崩されないようにひたすら攻める。防ぐ側も、隙を見せては付け入られるから徹底してアゴを引いて突きを捌く。どちらが先に疲れるか、我慢できずに逃げるかがポイントとなる。

C他の間合への移行

 いつの間にか間合が詰まって間合3になっていることも多い。一番攻守が分かれる間合なので、いかに間合を維持するか、詰めるか、も重要になる。

D代表的な力士

 現役では、雅山がこの間合での突き押しを得意としている(正確には3.5くらいの間合だが)。相手のアゴあたりを細かく的確に突いて起こし、何もさせないまま突き出すこともしばしば。前へのめったところを叩きこむパターンも多い。リーチはそれほどでもないが、体を前に倒して内側からハの字型に突っ張るので、防戦一方になり、いなそうとして自ら横を向いて墓穴を掘る。曙の若い頃は、史上最長級の遠い間合でモロ手突きを繰り出し、電車道に押し出していた。

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